2024年 肥薩線のいまと廃駅と
2020年7月豪雨で吉松-八代間が不通になってしまった肥薩線。
一時はもう廃線だなとささやかれていたものが、2025年にまさかの鉄路での復旧が決まりました。
うおおまじか!とこぶしを突き上げた矢先のその夏に、今度は吉松-隼人間が被災し新たな運休区間が・・
球磨川の急流かのように翻弄させている、そんな路線をたどってきました。
旅のルート

鹿児島空港→矢岳→人吉
肥薩線”山線”を堪能します

day1
day2
人吉→八代→喜入
肥薩線”川線”からおれんじ鉄道に入ります

平川→宮之城→水俣
旧宮之城線・旧山野線をめぐります。今回の目玉!

day3
day4
水俣→都城→霧島神宮
吉都線・日豊本線と霧島連山をぐるっとまわります。

旅日記

初めに立ち寄ったのは嘉例川です。
鹿児島空港からほど近い場所に、こんなに歴史のある重厚な名駅舎があります。
2026年1月現在はまだ肥薩線が運休中ですが、列車なら鹿児島中央駅から1時間ちょいで来ることが出来ます。

嘉例川駅の次は霧島温泉駅です。
この手のタイプの平屋の駅舎も、木造駅舎とはまた異なった角度で趣があります。
開業当時から恐らく変わっていないであろう佇まいですが、確かにこの駅も、数年前に訪問したときと何ら変わっておらず、いい意味で感嘆しました。
ちなみに近隣に温泉施設らしきものはなさそうです。

この佇まい、よ・・・
昔ながらの改札口。なんともいえずいいですよね。
私の記憶の中にも、駅員さんがボックスの中に立って、リズミカルにハサミをチャカチャカ鳴らしつつ、お客さんがくると慣れた手つきでパチンときっぷを切る。
という光景が残っており、それが呼び覚まされる思いです。

肥薩線・吉都線・日豊本線がぐるりと霧島連山を囲むようにそのすそ野を走るさまが絵となって掲げられています。
また駅にはよく、地元の特産品をガラスケースに入れて展示しているところがありますが(東海道線由比駅など)こちらは壁面収納っぽくなっています。
そんなあたりにも個性が光ります。

駅のベンチといえば、根室本線 厚床駅の廃ホームにある4連ベンチが圧倒的横綱ですが、ここ霧島温泉駅のベンチも負けてはいません。
この雰囲気、たまらんです。

大隅横川駅も、嘉例川駅と並び「今も残る木造の名駅舎」として知る人ぞ知る駅ですね。
私も書籍でこの駅を知ったクチですが、威風堂々とした佇まいと、地元の方に長年愛されていることがひしと伝わってくる、本当に味わい深い駅だなぁと訪れるたびに思います。

この時はたまたま文化祭の日にあたりましたが、まだ朝が早かったので、これから準備をされるのかな、といった様子でした。
周辺住民のみなさんが少しずつ集まってきて、駅が少しずつ活気づいていくようで、訪れたこちらもわくわくしてきました。

ホーム側から駅前をみています。
恐らくここ数年で新しくなってはいると思いますが、国鉄型の駅名標が今も現役ですし、昔は当たり前にあった「ザ・改札口」も健在です。
やはり木造駅舎にはこの佇まいしかないですよね。よくぞ今も残してくださいました、と感謝の想いしかないです。

大隅横川駅は、なるほど納得の国登録有形文化財に指定されているそうです。
その記念碑となったのが、地元霧島市横川町で育ったこの約百年の杉の木なんだそうで、木を中心に地域のみんなに支えられ今も愛されていることがよーく伝わってきました。
この駅でも、何時間でも過ごせてしまいそうなほど、落ち着いてゆったりとした時間が流れていますよ。

こんな風に、駅の外から眺める駅名標もまたよき。
併せて手前にある木製の柵。
これもまた風情があるというか、昔懐かしいというか。
思わず「これよこれ!」っていいながら撮った1枚です。

ご覧ください。
ここがれっきとしたJR吉都線、鶴丸駅の入口です。
宅地の庭先?みたいな奥まった場所に、こんなに控えめな駅名表示があるだけなので、知らないと通り過ぎてしまうかも。
改札口の代わりとなる小さな階段を数段降りれば、もうそこがホームです。

待合室はオープンエア。
「全線開業100周年」の看板は数年前に訪れた際もあったので、結局いつなんだろう?とwikiをみてみたら『吉松駅 – 宮崎駅間が全通』したのが1916年とのことでした。
ちなみに100年後の2016年には『車掌乗務廃止、全列車ワンマン化』されたようで、ほんの100年の間に起きた栄枯盛衰たるや、と思わずにはいられません。

駅名標は待合室の先、京町温泉側にあります。
鶴丸駅に停車する列車は、都城方面への上りが1日に8本、吉松方面への下りが9本となっていました。
このくらいあれば、列車でも1日かければある程度乗り降りできますし、何より鶴丸駅下車徒歩数秒のところには「つるまる温泉」がありますので、下車駅の候補としてもおすすめです。

駅名標を撮影していたら、向こうに何やらものかげが・・・
線路を思いっきり遊び場にしている猫ちゃんでした。
昨年は熊の被害が大変深刻でしたが、九州は幸いなことに熊に気を付ける必要がない、というのは旅先そのものの候補としても優位に立つのではないでしょうか。

2019年に新しくなった京町温泉駅
5年が経過していますが、とてもきれいで立派な新駅舎は、地域のみなさんのいこいの場にもなっているようで、この時もご年配のおじさんと大勢の列車待ちをしている学生さんが何やら楽しそうに会話されていました。

前回の訪問は2018年だったので、ちょうど改良工事をしている真っ最中。
この時は先を急いでいたので撮った写真はこれだけなのですが、せめて駅舎がどんな状態だったかくらいは撮っておけばよかったです。
旅先では時間に余裕をもって行動しましょう(自戒)

えびの駅は、一度乗り鉄で通過したことはありますがじっくり見学するのは初めて。
めっちゃ期待が高まります。

駅のすぐ手前にある郵便局が「加久藤郵便局」となっていたので、正しくえびの駅に到着できたのか一瞬わからなくなりました。
しかしよくよく調べてみると、もともとは長らく「加久藤駅」だったものが、まず1970年に加久藤町他2町で合併して「えびの市」になり、その後1990年に駅名の方も「えびの駅」に変わったんだそうです。
看板は新しめですがやはり長い歴史がありました。

えびの駅も地味ながら、しかしここも昔の面影を色濃く残す本当に素晴らしい駅舎でした。
きっぷ売り場の雰囲気も昔ながらに残されているし、当時使用されていた物品がさりげなく飾られていたりして、ちょっとした資料館にもなっていたりします。
このサイトのメインビジュアルにした、吉都線のちょうちんもちょっとわかりづらいですが写っていますね。

この日は山登りを終えた若者の団体様が、街の観光案内書の方を先頭にちょうど駅に到着されたところで、これまたかなり賑やかで活気がありました。
また列車到着寸前には、アジア系外国人観光客の方に英語で(都城はどっちですか?次の列車は都城行きですか?)的な質問もされたのですが、ただの通りすがりな割には、たまたま吉都線のことはわかっていたので、あたふたしつつも回答できたのはいい思い出です。

肥薩線の山線においては、真幸駅・矢岳駅・大畑駅の3兄弟が大変有名ですが、真幸駅は2018年に訪問済みのためパスしてえびの駅から直行しました。
一度京町温泉駅方面に戻るかたちになりましたが、走り出してあらまあびっくり。矢岳駅までの山道は、どんなに走っても走ってもなかなか到着しないんです。
途中マジでたぬきに化かされた?異空間走ってる?とか思いましたもん。とにかくこんなに細かいクネクネをひたすら繰り返すしんどさを味わったのは初でした。

ようやくたどり着いた真幸駅。
山の中の御殿にようやくたどり着いた昔話の主人公のごとく、見上げた駅舎は息を呑むほどに荘厳で神々しく見えました。
写真だとまったく伝わらないので、この記事をご覧になったみなさんはぜひ、実際に真幸駅のこの場に立ってみあげてみてください。
苦労してたどり着いた甲斐があったと必ずや思うはず。

「やがく」と読んでしまいそうですが「やたけ」なんですね。
鉄道に興味を持たなければきっと読み方を知ることも、この場に来ることもなかったであろう駅には、恐らく当時から現役なんであろうホーローの駅名標が鎮座ましていました。
いずれトレースしたいので慎重に標を撮りました。

2026年1月現在では、まだこの「山線」は復旧するかどうかすら未定の状態です。
そのため線路や近くの踏切は草で埋め尽くされてしまっているのですが、かといってまだ廃止にもなっていないので、JRが主体で今も維持管理がされていると思われます。
矢岳駅はここからの眺めが一番ではないでしょうか。自分がこれまで撮ってきた中でもかなりの自信作です。

アプローチですでにその素晴らしい佇まいに呑み込まれてしまっていますが、ホーム側にもこんなに時代を感じさせる駅名標があるとは知らず、二度びっくりしつつ撮った1枚です。
いつか乗りたい、乗りに行こうと思っているうちに被災してしまい、結局一度も乗れないままですが、この駅に列車で到着することができたら、さらに感動もひとしおではないかと思います。

矢岳駅は、駅舎の中を通らずシースルーでホームと駅前を行き来できるタイプの駅です。
なのでホームから直接、むこうに見える「人吉市SL展示館」にも行けてしまいます。
-矢岳駅については、まだまだ書き足りないのでいずれ別なところでじっくり紹介しようと思います。

大きな畑、とかいて「おこば」駅。
鉄道好きか九州にご縁があるとかでないとまあ読めませんよね。
世の中に難読駅って数多くありますが、この大畑みたいに一見漢字そのものは簡単なのに読み方が独特なのが本当の「難読では?」といつも思っています。
それはともかく、真幸・矢岳・大畑の3兄弟、3部作をこれですべて見ることができました。

難読なだけでなく、日本で唯一、ループ線の中にスイッチバックまである駅ということで、その筋の方々にとっては「死ぬまでに一度は訪れる」べき駅になっているかと思います。
かつ、桜の名所でもありますので、春に来るととんでもなく賑やかかもしれません。
となるとやはり、本来は列車で訪れたい駅、ですね。

大畑駅のホームからは、かつての給水塔と恐らく駅の施設だったであろう建物を改築したカフェもあり、まさに桜の時期にきたらずっとここで1日過ごすこともできちゃうと思います。

地図をみていただくとわかると思いますが、車などでアクセスすると山道を抜けたどん詰まりに駅舎があります。
なので通りすがりにちょっと立ち寄り、別な場所に抜けていくというような使い方ができないのは要注意です。

駅順的には、大畑駅の次が人吉駅になりますが、駅を出た時点で暗くなりだしてきたので、早めにみられる駅を見ておこう。
ということで人吉駅の一つ先、西人吉駅に行きました。
なんとなく、もともとはホームがこの踏切あたりまでにあって、それがどこかで短く切り取られてしまったからだろうな、と思われる乗り場までの長~いアプローチが印象的です。

待合室(!?)から先ほどいた踏切を眺めます。
踏切の先が八代方面になりますが、草に侵食されてしまい完全に塞がれてしまっています。
11月とはいえ南九州ですし、電車が走らなくなって5年近く経つわけですから、草木が元気いっぱいでもうひたすら伸びたい放題。

寄ってみました。
この西人吉駅を含めた肥薩線の球磨川沿いの人吉-八代間(川線)は、まさかの全線”鉄道での復旧”が決まっていて、順調にいけば2033年頃に再開されるそうです。
まだ7年先、うっかりすると10年くらい経ってしまいそうですが・・・この草だらけの線路がきれいになって帰ってきた暁には張り切って乗りに行きたいと思っています。

駅名標は1つだけ。
JR九州の駅名標には、赤い矢印の間のスペースに、たいていその駅・地域のシンボルとなるような図柄が描かれているのですが・・・何もないですね。
どんな駅にも「これは」というものは必ずあるはずなので、再開されるまでに何か入っててほしいなあ。

渡駅は国道に沿ってありました。
この写真を撮っている位置から線路を渡り、少しあるいてたどり着く棒線駅です。
SL人吉号や観光列車が走る路線だったからだと思いますが、駅名標や案内板などがワンセットで統一されていました。復旧が待ち遠しいですね。

西人吉駅の次は渡駅ですが、そこは明日に回して先に那良口駅に行ってみました。
国道219号線から川向うに見えているのが那良口駅。
ですが、ここで駅が見えるということは、実はブブ―!
駅に行こうと思ったら、思いっきり渡駅の方に戻るか、思いっきり一勝地駅近くまで進んだ先で球磨川を渡らないとたどり着けないんです。まさかそんなトラップがあるなんて・・

結局一勝地駅側の橋を渡り、ぐるっと戻って駅側にたどり着きました。
国道からここに来るまでの間、民家らしい民家はほぼ皆無だったし、駅の目の前には球磨川しかないし。
だいたいどんな無人駅でも、なんとなくこの辺の方が使うのかなーみたいなのがあるものですが、この那良口駅に関してはそのような気配が全く感じられませんでした。那良口駅こそ秘境駅と呼ぶにふさわしいと思いました。

ホームに出てみると、駅名標が天を仰いでおられました。
災害の影響なのかもともとなのか。はたまた運よく運休(!?)してるから放置しとくか・・なのか。
真相は定かではありませんが、こういう”ゆるさ”があるのもローカル線ならではで私は好きです。

線路の向こうは八代方面です。
草に埋もれている箇所もありますが、それさえなければ現役駅といってもいいくらい、ごくごく普通に佇んでいました。
がしかし。
やはり利用客が1日1人以下、ということで復旧を待たずして廃駅が決まってしまったようです。姿があるうちにもう一度行かないと。

初めての人吉駅です。
このとき夕方6時でしたが、駅が営業していないので駅舎内を見ることができず外観だけを見学しました。
熊本県の中でも主要な都市であり主要な駅でもある人吉の駅が6時の時点でこんなに暗くシーンとしているなんて。
いつまで経ってもいまいちピンとこなくて戸惑いました。

2日目は、今回の旅の目玉である肥薩線の”川線”をめぐります。
朝早く人吉を出て、明るい那良口駅をみてから一勝地駅に向かいました。こちちは駅舎の裏側です。
もともとの姿を知らないので推察ですが、ここきっと、列車が通ってたよね?と思うようなところに仮設の道路が敷かれていました。
復興たるや、を早くも思い知らされました。

味のある駅名標がありました。
肥薩線のことは、ここに来るまでほぼ知らないも同然でしたが、なんでもっと早く、被災する前に乗りに来なかったんだ・・と激しく後悔しました。
がしかし、今後鉄路での復旧が決まりましたので、そう遠くない将来に列車の車窓からこの標が見られることでしょう。

道路側からみた駅舎です。
特にローカル線では、写真にあるような、ちょっとした庭というか植栽のあるホーム駅がありますよね。
手入れには相当な手間暇かかっているだろうと思いつつも、これぞ旅情が掻き立てられる風景なので、この先も残っていてほしいなぁと思います。

駅舎を通り過ぎ、八代方面に寄ってみました。
写真だとわかりにくいかもですが、線路がこの先で途切れてしまっています。
とはいえ被災から5年近く経過しているので、生活道路の方は全線整備済みであり、車での走行は終始大変スムーズでした。

線路が途切れていたあたりから駅舎を眺めます。
奥が人吉駅方面です。
手前に線路が見えているということは、私が最初に立ったのは元ホームなんでしょうかね?
今までこのような、復旧真っただ中の路線はみたことがなかったので、自分の立ち位置がちょっとよくわからなくなっています。

駅を出てすぐに鉄橋がありました。
ここは球磨川本流ではないからか、被災そのものは免れているようですが、復旧するまでにもさらに長い年月がかかりそうですので、その間に朽ちてしまわないか、すこし心配です。

一勝地駅の次は球泉洞駅なのですが、どこだかよくわからないうちに通り過ぎてしまいました。次に着いたのは白石駅です。
この駅も、(たぶん)もともとの線路の上に仮設道路が敷かれており、こう言っては不謹慎ですが、乗っているのは車であってもなんだか列車で到着したような、そんな気分になりました。

こちらも一勝地駅と同じ仕様の駅名標がありました。
このように切り取るとより、時代のタイムスリップ感がすごいですね。周囲にあるのは背後の山と球磨川、そしてその向こうの国道くらいなので、より一層秘境感もマシマシです。
そういえば改札口側にも行けるようなのですが、車で行ける感じがなかったのでパスしてしまいました。行っておけばよかった・・・

ひとつ手前の球泉洞駅は被災後解体されてしまっていたため何も残されていませんでしたが、ここ白石駅はどうやら無傷で残ったようです。
ただでさえ貴重な木造駅舎ですが、このようなかたちで無事に残っているだけでただただありがたい・・・
にしても、もう少し、この貴重な駅舎をみに訪れる人がいてもいいような気がしましたが人影は一切なかったです。

駅舎から球磨川を背にみた山側には、八代方面行きのホームがありました。
やはりこの駅もSL人吉が停車していたんですね。案内板も現役さながらに立っています。
ということで、今後再開した際には”前略、線路の上より”となる道路からは以上です。

吉尾駅です。
被災当初からなのか、その後なのかは不明ですがごらんの通り駅名標が落ちてしまっています。

かっぱくんの笑顔が物悲しいです

駅ホームから人吉側に振り返ったら、踏切につながる階段がありました。
家があるのかな?と思いましたが特に見当たらず、工事のために設けられているっぽいです。
ちなみに今まで何駅かめぐってきましたが、なぜか国道から直接駅にアクセスできる橋がないんです。なので近くに家があったとしても、車で目的地に向かう方が断然自由で早そうですが、吉尾駅は廃止にはならないみたいです。

吉尾駅を出た先で出会いました。
ここが一番、被害の様子を生々しく今に残していたところかも。
自然災害の威力を初めて間近でみたような気がします。

周囲に海の要素は何もありませんが、海の路とかいて海路駅です。
周辺には廃校らしき建物と、草ボーボーの線路、そして吉尾よりさらに草に覆われたホームがあるだけで、あたりを見回しても人の気配がまったくありません。

-駅名標は本来これでいい。
と言いたくなるような、シンプルだけどパンチの効いた、とても素敵な駅名標です。

道路からホームを写していますが、本来ならばここが線路です。
上からみるとこのような並び。
山 | ホ | 線 | 道 | 球 | 山
山 | | | | | 磨 | 山
山 | ム | 路 | 路 | 川 | 山

鉄路での訪問難易度がめちゃくちゃ高い駅ですが、眺めの良いこのホームでなら、日がな一日、列車が来るのを待つこともできるかも。
などと思いを巡らせましたが、残念ながらこの海路駅も復旧までには廃止されるそうです。

ローカル線に乗っていると、駅名を書いた黄色い看板をよく見かけます。
調べていないので予想ですが、運転手さんにまもなく次の駅に到着しますよ、そろそろ車内放送を流しましょうね的な合図では、と思っています。
平時では本来列車が通る位置に立ち、トンネルをじっくり観察する、なんてことはできないだけにこれまた貴重な光景です。

ご覧ください。
今の鎌瀬駅は道路とホームがシームレスです。
本来だとここには鉄路しか通っておらず、線路は左手をすこし下ったところにあります。
肥薩線再開時にまたここに線路が敷かれるようだと、ここもまたいまだけの貴重な光景ということになりそうです。

駅名標は八代方にあります。
被災当時に流されてしまった2本の橋梁のうちの1本である第一球磨川橋りょうが、ここ鎌瀬駅に着くすぐ手前にあります。
多くのみなさんにはぜひ現地に足を運んでもらい、全身で今の状況を体感してもらいたいなぁと思います。

ちらっと見える白い車の先に、第一球磨川橋りょうがあります。
そして、味のある「きっぷ入れ」で隠れてしまっていますが、柱の裏は、本来の車道に出るための通路らしき小道がありました。
鉄路でどのように復旧するのか、今から本当に楽しみです。

葉木駅にやってきました。
手前に見える庇の下に船がありますが、恐らく以前は自転車置き場だったのではないでしょうか。
一勝地駅以来、近くに集落のない駅が続いていましたが、ここにきてようやく生活感を感じる駅まででてきました。

海路駅と同じ仕様の駅名標ですが、こちらはコンクリート塀に直書きで味がありすぎました。
沖縄で常に直書き看板を探している私としては、これはだいぶテンション上がる必勝パターンです。
ちなみに手前にみえる苔むす階段は「ホームに上がれない階段」ということで”その筋の方々”には大変有名だそうです。

駅名標ももちろんあります。
所在地の部分が白く上書きされていますが、wikiによるともともとは「八代郡坂本町」だったのが、2005年に合併して八代市になったそうです。

葉木駅も比較的川の近くにありますが、立地が川の東側だからかほぼ被害を受けたような様子は見られませんでした。
ということは、振り返ってみると被害を受けていたのはみんな川の西側・・だったかも。何か因果関係があるんですかねぇ

こちらも、来るまでまったく知らなかったのですが、名駅舎として名高く有名な坂本駅です。
今写真をみて改めて気づきましたが、これ、駅舎が傾いていますか?それとも写真が傾いているのだろうか・・・
なんとなくわかりますが、駅舎の前には立派なロータリーもあったようです。

この時、駅舎には近寄れなかったので、道路から望遠で撮影しています。
このアングルだけでも大変歴史と味のある駅舎であることがわかります。ああ近寄りたい。

すぐ隣に駐車場があったので、そこから近寄ってみました。
これが限界です。

かつての駅の様子が、NHKのアーカイブで公開されていました。
くまもと駅景色
生きた当時の姿が2分間にコンパクトにまとめられていて、資料としてもいまや大変貴重なものだと思いますが、無料公開していただけてありがたいです。ぜひみてみてください。

曲がるところを間違えて、駅からちょっと離れたところに着いてしまいました。
が、とかく写真だと「寄り」がちになってしまうのですが、こうして「引き」で撮るのも大事だなぁと思いました。
引いたからこそ、なぜこの駅が「段」駅なのかがわかった気がしたからです(正しいかどうかはさておき)

駅名がシンプルなだけに、駅名標もシンプルさが際立ちます。
駅名の間のイラストは、渓流釣りをしているとおぼしき人が2人が描かれていますが、いい感じにかすれてしまっていて定かではありません。

この旅では、記録の主役がはじめて動画が写真を上回りました。
なのでいつか動画でお見せしたいのですが、ホームの先までいくと「勝手踏切」があって、そこがまた、かなりいい味を出していました。
もとは左手の芝生のあたりにも線路が敷かれていたようですが、ここまでみてみて、肥薩線のことはこれからまだまだ調べていかなきゃなと改めて思いました。

2日間に分けてたどってきた肥薩線もようやく終点八代駅に到着です。生まれて初めてやってきました。
熊本といえばのくまもんと八代駅舎、その背後に見えているのが日本製紙八代工場だそうです。
熊本駅以南はとにかくすべてが「はじめまして」なのでこの先に待ち受ける駅との出会いに胸が躍ります。

肥薩おれんじ鉄道も、いつかは乗り通してみたい路線の筆頭ですが、今回は車でいくつかの駅に立ち寄ります。
川線は結構じっくりと回ってきたつもりだったけど、なにせ朝の出発が早いので、この時点でまだ11時台。
お天気がよければ、そのままおれんじ鉄道を全駅めぐりつつ夕日を眺めて温泉入って寝る!プランにしていましたが、この日はこの先雨予報。
ということで、今日の最終的地を急遽鹿児島に変更して「モンベルでご当地Tシャツを買う」ことにしました。
となると、モンベルが閉まるまでには鹿児島に着きたいので、気持ち急ぎ目に駅を出発することにしました。

おれんじ鉄道の八代駅構内はとても明るくきれいに整備されていました。
JRとおれんじ鉄道の接続駅でもあるので、今度は鉄道できたいなぁと思いました。

初めてのおれんじ鉄道、はじめての肥後二見駅です。
一見、おれんじ鉄道になってから変わったのかな?と思えてしまうような、割と新しめな駅舎ですが、wikiによると、国鉄時代の1978年に木造駅舎から建て替えられているとのことなので、結構歴史が長いんですね。

いろいろ調べてみると、オレンジ色の帯の部分が、JR九州時代はコーポレートカラーの赤だったみたいです。
どちらにしてもとっても個性的だし、角丸のコロンとしたクリーム色の駅舎に巻かれたオレンジ色の帯がとっても似合っていて、ミニチュアにして机に置きたいかもーと結構本気で思ってしまいました。

ホーム側からみた駅舎。
といいながら、改札があるわけでもなく、駅員さんが詰めているわけでもなく、はたまた駅舎を通らくなても出入りできてしまうので、もはや待合所としての機能だけになっています。
この駅に限らず、そんな無人駅が全国規模でどんどん増えていますね。

少し風が出てきて、もうすぐ雨が降りそうな空気になってきたので、最後に駅舎からホームを眺めて次の駅にむかうことにしました。
ホームのむこうには少しの畑と海があります。
詳しい探検は晴れた日のお楽しみにしておこうと思います。

異動の途中で雨が降ってきました。
道中ときどき見かけて気になっていた「ヒライ」があったので入ってみました。
地元にあれば毎日通うのに、というくらい品揃えが豊富で最高ですね。
なかなか決められませんでしたが、車内で食べる用のサラダと、走りながら食べらる&ヒライ名物、とあったのでジャンボおいなりさんに決定です。

八代から国道3号線をひたすら南下していますが、途中で名前が面白いなと思った、袋駅に立ち寄ってみました。国道から入ってすぐのでアクセスもしやすいです。
駅舎の方は、おっとデジャヴ?と思ってしまうほど、肥後二見駅と瓜二つな佇まいでした。

おれんじ鉄道の駅名標は、独自デザインでありながらも、駅名標の本来の役割である、「今自分がどの駅に着いたのか」が明確にわかる仕様となっているのがとてもよかったです。
最近はデザイン優先で、肝心な「ここ何駅?」がいまいちわかりにくいものもあったりするなか、好感度がより高まりました。

ホームからみていますが、つい数分前にみた光景と本当によく似ています。というか、かたちは全く同じです。
全国にはこのようなかたちで、双子、三つ子駅が現役廃駅ふくめ結構ありますので、いつかそのテーマでもまとめてみたいなぁと思いました。

袋駅から海まではちょっと距離がありますが、こ線橋に上がればきっと見えるんだろうなぁと思いました。
いきませんでしたけど。
そういえばの郵便ポストがありますが、あって当たり前のポストも、路線や駅同様、将来的には必要がなくなる可能性もありますので、こんなさりげない光景も案外貴重な光景へと変わるかもしれません。

出水駅に到着しました。
JRがやっている「TRAIN TRIP」というデジタルスタンプが捺せる駅だから、という理由で立ち寄りましたが、こんなに立派なSLが展示されているとは思いませんでした。
自分セレクトでは見逃していただろう駅であっても、何かこのような”きっかけ”を与えてもらえることで、素敵な出会いにつながるものですね。

八代行きの列車が発車待ちをしていました。
路線はおれんじ色ですが、くまもんといえば赤だしJR九州といえばやはり赤、ですね。
車を置いてひと駅くらい往復してもよかったかもしれません。

おれんじ鉄道は20周年なんですね。
だいぶ前に「おれんじ色」を冠したブログをやっていたのですが、ある時から急に「おれんじ」と打つと「おれんじ食堂」というワードがよく出てくるようになり、なんだなんだ?と思っていたことを懐かしく思い出しました。
当時はそこまで鉄道に興味を持っていたわけではなかったので「見て確かめる」発想が全くわかなかったことを、今思うととてももったいないことをしました。

地図でみると、おれんじ鉄道は出水から先、阿久根市あたりの海沿いこそが見どころなのですが、モンベルに急ぐ身としては先を急ぎたく・・・
川内駅までは、山間をぶち抜く県道46号を使ってショートカットしました。
新幹線駅なので駅に上がるとご覧の見晴らしです!

今は立派な駅舎になっていますが、その前はどんな駅舎だったのか、はいつも気になるところです。
旅行者だとなかなか「出水駅から新幹線に乗る」体験はできないだけに、このようなシーンをみると思わずついていきたくなってしまいます。

八代をお昼前に出てから山をいくつも超え、とうとう串木野駅までやってきました。駅からは遠いですが、駅のあるいちき串木野市は東シナ海に面しています。
ガラスタイル張りの壁というのも、なんとなく昔の目医者さんとか診療所のイメージがあるので、自分的にはなつかしさを感じます。
にしても未だにまだこの辺りは位置関係がよくわからないです。八代と水俣がいつもわからない・・

駅はこんな感じで、下から見上げる位置にあります。
近江塩津駅とか、ちょっと違うかもだけど遠軽駅とかがこんな感じで”見上げる”タイプですね。
車両が停まっているので、早速見に行ってみます。

ずいぶん長く停まっているなぁと思ったら、当駅始発の鹿児島中央駅行きでした。
この列車は9駅だけの運行ですが、他にも国分行きや都城行きなどもあるようです。

昭和62年に、東京から寝台特急に乗って西鹿児島に出て、フェリーで垂水までいき大隅線で大隅高山に行ったことがあります。
なので鹿児島本線は乗り通しているし、なんならこの風景もみているかもしれないのですが、当然のことながらほとんど記憶はありません。覚えてたらなぁ

市来駅にやってきました。
いまは串木野市と併せて2004年から「いちき串木野市」になったそうです。ひらがなにしなくても読めそうですが、何か理由があるのでしょうね。
それよりも個人的には近くにある「甑列島」の方がひらがなになってたらいいのに、と思いました。

駅のホームからロータリー側をみたところ。
今は無人駅でもタッチの機械がありますが、導入当初は九州に行った時用のSUGOCAを持って行ってたものです。
それがいつの間にかSuicaでも乗れるようになり、最近はそれすら要らずクレジットカードで通れてしまう時代になっていました。月日の流れたるや・・・

駅名標が新しく、しかも夜はきっとこれ、明るくなるやつですよね。
中央の絵には「七夕踊り」と書かれています。そういえば駅前ロータリーにも七夕踊りのモニュメントがありましたが「市来の七夕踊」として400年近い歴史があるそうです。
これは一度はみてみたいかも!次は夏だな。

看板形式の駅名標は、ローマ字表記に味がありました。
これはちょっと珍しいパターンかも。
それにしても「神村学園前」のローマ字表記の詰め詰め感が無理くりすぎて最高です。
こういう、あまりに当たり前すぎり風景こそ、見飽きたころを過ぎてようやく「撮っててよかった」という事態になるものです。
かつて私が「記録せずその後とても後悔した」経験があるだけに、これからもこのブログでそんな記録をネット上の片隅に、おかまいなく置いていこうと思っています。

途中、伊集院駅でデジタルスタンプだけ押印し、急いでモンベル鹿児島店に向かいなんとか閉店30分前に到着。無事にご当地Tシャツを購入することができました。
その足で、建て替わってからまだ見たことがなかった鹿児島駅に行ってみると、見違えるほどきれいに変わっていました。旧駅舎を解体直前に辛うじてみているだけに感慨もひとしお。

市電乗り場もすっかりきれいに、そして何より明るくなっていたのが印象的でした。
鹿児島市電は線路と線路の間が芝生になっているのがいいですよね。乗ってよし、待ってよし。

鹿児島駅舎をでて、鹿児島中央駅方面をみています。
マンションらしき建物がみえますが、あのあたりに、以前若干引くくらい、だけどとっても味のある古いビルが建っていて、駅舎と併せて趣があったんです。
周辺の再開発に合わせて建て替わってしまうのは当然だと思いますが、それだけにやはり、普段から「当たり前に通り過ぎてしまう場所」ほど記録してくべきだなぁと思います。

え?なんでまた鹿児島駅の次が喜入駅??
って思いますよね。私もそう思います。
鹿児島から一番近い道の駅が喜入だったのと、デジタルスタンプがあるからという理由だけで、鹿児島からぶっ飛ばしてやってきました。

喜入駅はなんと、ウワサの「クレジットカードタッチ決済OK駅」でした。ナウいですね!
このときはちょうど鹿児島中央行きの列車が発車します!のタイミングで駅に到着し車を降りたので、慌てて動画でその様子を撮影しました。
本数が少ない駅で車両に出会えるだけで「私、持ってる」とちょっぴり嬉しくなります。

デジタルスタンプ以外に、なんと本来型のスタンプもありました。
有人駅だと営業時間内に行かないとスタンプは捺せませんが、このように常時置いていただけていると大変ありがたいです。
また喜入駅の入場券は、「喜」が「入」る駅、というネーミングから大変縁起がいいと有名ですね。以前来た時に地元コーヒーとセットになったものを購入したことがあります。
指宿枕崎線のうち、山川-枕崎間は廃線が取り沙汰されるようになってしまいましたが、喜入駅はエリア外なので当面安泰だと思いますし、販売している限りはぜひともみなさんにも手にしていただきたいなぁと思います。

ちなみに。
こちらは2018年10月立ち寄ったときの駅舎です。
この日も鹿児島中央行きの列車がちょうど出発したところでした。やっぱり「持ってる」わ。

旅も後半戦、いよいよ今回の本丸、宮之城線と山野線をめぐります。
喜入を出発し、最初にやってきたのは平川駅です。
ご覧ください、この出札口。
味がありまくりますよね。
窓口は空いていませんでしたが、列車到着時には駅員さんがいて改札していました。

高校生がたくさん降りました。
すぐ近くに学校がありますが、みなさんそちらとは反対の小道の方へ・・・
地図をみてみると、すぐ近くにあるのは鹿児島市立平川小学校で、生徒さんが向かうのはこの先15分くらいのところにある県立錦江湾高校でした。
近所の方の立哨もあったりして、ほっこりです。

平川駅から指宿枕崎線沿いを北上し、鹿児島市内を迂回するようにして、旧宮之城線の薩摩白浜駅跡に直行しました。
ここは川内駅を出発して、宮之城線最初の停車駅にあたります。大きな川内川に沿って走る県道394号とともに北上してきました。こちらは川内駅方面をみたアングル。

こちらが宮之城方面です。
左手に見える、基礎みたいな部分が恐らく元ホームではないかと思われました。長さといい先にむかう直線の感じといい、言われれば確かにそうかな、と思えます。
またここは、建物の裏側にも道があったので、どうやら島式ホームだったようです。
googlemapでぜひみてみてください。

楠元駅は立派な駅舎が残っていました。
でも案内表示があるわけでも、駅名標があるわけでもないので、うっかりするとただのきれいに整備された公園かな?と思ってしまうような風貌をしています。

がしかし、建物に近づいてよく見てみると、そこがかつての改札口だった、ということがわかります。
ちなみに向こうに見える橋は東郷橋で、橋を渡った先に集落がありますが、駅のある側の背後はひたすら山です。

駅舎を通り抜けた(実際はぐるっとまわります)ホーム側です。
ちょっと暗くてわかりづらいですが、足元を照らす灯りがあったり、鉄路や転轍機の切り替えレバーもあったりするので、かつてここに鉄路があったということをコンパクトに体感できて感動しました。

駅舎の中には入れませんが、貴重な資料が見えたのでできるかぎり寄ってみました。
駅舎は見るからに古いですが、中はとてもきれいに整備されていたので、もしかすると今も何かしらで使用されているのかもしれません。

初めに立ち寄ったのは鶴丸駅です。
線路の先、踏切っぽいところに白い点があるの、見えますか??あれ猫ちゃんなんですよ

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